特集1:冷静な“領土論” 

 竹島問題を巡る誤解について
            下條 正男(拓殖大学国際学部 教授)

 近年、日本外交は、近隣諸国との領土問題に翻弄され、歴史問題でも振り回され続けている。その端緒となった事件が二つある。一つは2010年9月7日、日本の海上保安庁の巡視船に故意に追突した中国の漁船衝突事件。もう一つが2012年8月10日、韓国の大統領としては初めて竹島に上陸した李明博大統領のパフォーマンスである。これらが何故、歴史問題にまで発展し、日本糾弾の外交カードとされてしまうのか。理由は、簡単である。中韓には歴史問題を外交カードとする伝統があるが、それには日本政府が無頓着で、中韓の思惑通りに反応してしまうからである。事実、日本政府は実態を明らかにすることなく、歴史教科書問題や慰安婦問題では安易に談話を発表し、事態の収拾を図ろうとした。その結果、1980年代の歴史教科書問題では、日本が教科書を編纂する際は近隣諸国の意向を考慮するとした「近隣諸国条項」や、日本軍による強制の実態が確認できなかったにもかかわらず、日本軍の関与に触れた「河野談話」を発表してしまった。

 だが歴史事実の歪曲という点では、韓国の歴史教科書は深刻である。韓国では竹島を侵奪したのは日本としているが、事実は全く逆だからである。それに慰安婦問題で言えば、1950年代の朝鮮戦争の際、韓国人業者が営む慰安婦施設を国連軍が利用し、ベトナム戦争に従軍した韓国軍は、ベトナム女性を集めた慰安婦施設を利用していた。戦争と性の問題は、人類社会が克服せねばならない問題であることに違いはないが、それは基地の問題として今も残されている。米軍兵による婦女暴行事件は、軍事基地のある沖縄ばかりでなく韓国でも繰り返されている。その中で韓国側が主張する慰安婦問題は、事情が違っている。1990年代、訪朝した金丸信自民党副総裁が北朝鮮に対して「戦後補償」を唱えて以来、韓国の民間団体が慰安婦問題を「戦後補償」の対象とするようになった。民間団体が求めたのは、日本軍を相手としていた女性達の名誉回復であった。そのため韓国政府は、日韓国交正常化を果たした1965年の「日韓基本条約」の締結で、解決済みとしていた。

 ところが1993年、韓国側を配慮し、軍の関与に言及した「河野談話」が発表されると、韓国側の姿勢が大きく変わった。日本政府が軍の関与を認めたとして、日本側に賠償を求め、国際社会を舞台に日本批判を始めたのである。それも2012年8月、竹島に上陸した李明博大統領が「慰安婦問題の解決」と「天皇の謝罪」を求めたのは、韓国政府が1954年から続ける竹島占拠を正当化するためであった。

 だが竹島問題と「慰安婦問題」は、全く関係がない。それが何故、竹島問題と関係付けられて論じられるのか。ここに韓国社会の特異な現実がある。竹島は1905年1月の閣議決定を経て、日本領となった。その時、竹島はどこの国にも属さない「無主の地」であった(今日、それは実証されている)。その竹島を、韓国政府は1952年1月、公海上に「李承晩ライン」を宣言してその中に含め、日本から侵奪したのである。その侵奪の事実を隠蔽するため、韓国側がとった外交カードが、「慰安婦問題」や「天皇の謝罪」など、過去の歴史問題なのである。

 それも韓国が竹島を侵奪したのは、太平洋戦争の敗戦国日本が「サンフランシスコ講和条約」の発効で、国際社会に復帰する三ヵ月前である。その時、日本には国際紛争を武力で解決することを禁じた憲法が存在し、韓国側との外交交渉も難しい状態にあった。韓国政府は「李承晩ライン」を根拠に、国交が正常化する1965年までに2791名もの日本人漁船員を拿捕抑留し、人質外交を展開したからである。

 その中で1954年9月、日本政府は韓国政府に対し、国際司法裁判所への提訴を提案したが、10月、韓国政府は拒否した。この時、韓国政府が示したのが、竹島を「日本の朝鮮侵略の最初の犠牲物」とする歴史認識であった。竹島が日本領に編入されたのが1905年、朝鮮半島が日本に併合されるのが1910年だからである。

 だが韓国側の歴史認識は、現在の視点で過去の歴史を解釈したもので、必ずしも歴史の事実ではない。それも現在から過去を糾弾し、その清算を求めるのは朝鮮時代の党派争いに由来する文化現象である。韓国では大統領が代わると前任大統領が罪に問われ、清算が行われる。それは新たに政権の座に着いた者が前政権を批判することで、自らの正当性を強調する手段とするからである。政権末期の李明博大統領が人気取りで竹島に上陸し、盧武鉉大統領が自殺したのも、朝鮮半島の政治文化が生んだ悲喜劇である。その韓国が日本の統治下にあった事実を全否定し、国家の正統性を示したい衝動に駆られるのは、前政権を批判する伝統が、21世紀の今も生きているからである。

 だが日本を侵略国家と叫んだからと言って、竹島の不法占拠を正当化することはできない。竹島は、歴史的に韓国領であった事実がないからだ。韓国側の歴史認識では、竹島は1500年前から韓国領であったという。その根拠は、『三国史記』(1145年成立)の512年条に、于山国が新羅に編入されたとする記述である。韓国側では、その于山国には属島の竹島が含まれていたはずだ、と言うのである。

 だが『三国史記』の512年条や『三国遺事』(13世紀末成立)では、于山国は欝陵島のこととしており、竹島を属島とする記述はない。それを韓国側が竹島を欝陵島の属島とするのは、『東国文献備考』(1770年成立)に、『輿地志』の記事を引用して、「欝陵島と于山島は于山国の地で、于山島は日本の松島(現在の竹島)である」とした分註があるからである。そのため竹島は欝陵島の属島である于山島とされ、于山国が新羅に編入された512年に韓国領になった、とされるのである。

 しかし『輿地志』の原典には「于山・欝陵本一島(于山島と欝陵島は同じ島)」とあるだけで、「于山島は日本の松島(現在の竹島)である」とした記述はない。『輿地志』からの引用文は、『東国文献備考』が編纂される過程で書き換えられていたのである。この事実は、韓国側では改竄された文献を根拠に歴史を捏造し、竹島を1500年前から韓国領であった、と主張してきたということである。そのため竹島の領有権を主張できる歴史的権原がない韓国側では、日本の反論を封印する手段として日本を侵略国家とし、「慰安婦問題」や「天皇の謝罪」を動員して、国際社会を欺瞞し続けざるを得ないのである。竹島を「日本の朝鮮侵略の最初の犠牲物」とする韓国側の歴史認識は、歴史を無視した誤解なのである。


下條 正男(しもじょう まさお)

略歴:國學院大學大学院文学研究科博士後期課程修了。1983年、韓国の三星グループ会長秘書室勤務。1994年、市立仁川大学客員教授。1999年から拓殖大学国際開発研究所教授。

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下條正男