国際学部NEWS
私にとってのシンガポール研究
2019.02.22(金)
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国際学部 岩崎育夫教授は、本年度をもって退職されますが、先日行われた最終講義の内容に即したご自身の研究生活を振り返った一文を寄稿されたので、
国際学部 岩崎育夫教授は、本年度をもって退職されますが、先日行われた最終講義の内容に即したご自身の研究生活を振り返った一文を寄稿されたので、ここにご紹介いたします。
私にとってのシンガポール研究
国際学部 教授 岩崎 育夫
私がシンガポール研究をはじめたきっかけは、45年ほど前にアジア経済研究所(現 ジェトロ・アジア経済研究所)に就職したことにありました。アジアなど発展途上国を調査・研究するアジア経済研究所は、所員が、ある国やテーマを担当し、30歳前後の頃、調査研究のために2年間現地に滞在する制度があります。入所した時すでに研究する国を決めていた同僚と違い、私はアジアについて何も知らず希望する国がありませんでした。そのため、上司がインドネシアをやってはどうか、南アフリカはどうかと親切にアドバイスしてくれましたが、いま一つピンとこなかったのです。そんななかで海外赴任の時期が迫ると、上司の「ASEANについてシンガポールで勉強したらどうか」という提案を受け入れました。その時の私はシンガポールについて何も知らず、また初めての外国の地でしたが、2年滞在してシンガポールが面白いことに目覚め、ここからシンガポール研究がはじまったのでした。

その後、関心はシンガポールから東南アジア、そして、アジアに広がったのですが、そのさいシンガポールを出発点にしたことが大いに役立ったように思います。3点あげると、第1は、1970・80年代は東南アジアだけでなく東アジアでも、厳しい政治管理の下で国家主導型の経済開発を進める「開発主義国家」が形成されたが、シンガポールはその典型国であることから、アジア政治が見えてきたことです。第2は、国民の民族構成が東アジアの華人、東南アジアのマレー人、南アジアのインド人からなるので、アジアの多様な民族の姿が見えてきたことです。第3が、シンガポールは国土が狭く人口が少ない「小国」ですが、必死に生き残りの努力をしている姿をみて、中国やインドなど大国だけでなく、シンガポールと同じような小国への関心が起こったことです。他方では、シンガポールをベースにしたことで見えてこないアジアの姿もありました。一つは「貧困問題」や「農村問題」が分からないことです。アジアは経済発展したとはいえ、依然として農民が多数を占めており、貧困に喘いでいる人々が少なくないです。そのため、私はすべてのアジア研究者にとり、この二つが極めて重要なテーマだと思っています。しかし、都市社会シンガポールには農村がないし、現在、日本よりも一人当たり国民所得が高いアジアで一番豊かな国であることから、貧困問題と農村問題の実態と深刻さを実感することができませんでした。もう一つは、アジア各地で民族紛争や宗教紛争が頻発していますが、アジアの人びとにとって「民族」や「宗教」が持つ意味(大切さ)が分からないことです。シンガポールにも民族文化が違う三つの集団があるとはいえ、政府が社会安定のために民族文化の「政治的主張」を厳しく抑制していること、国民も豊かな経済生活をエンジョイすることを優先して、民族や宗教の重要性を主張する人は皆無に近いのです。そのため、アジアの人びとにとって民族や宗教が大切であることを頭では理解できても、シンガポールを見ている限り実感的に理解することができなかったのです。
これは、私のアジア研究の「限界」でもありますが、シンガポールから多くのことを学んだことも事実です。これからもアジアの国の一つとして関心を持ち続け学んでいきたいと思います。