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2014年01月25日NEWS

「中国はどこに向かうのか」 ~ 藤村教授の最終講義が行われました

1月24日、国際学部の藤村幸義教授の最終講義が、国際学部棟E101教室で行われました。会場には拓殖大学の学生、教職員のほか、藤村ゼミの卒業生や先生の大学時代の同窓生、社会人時代の同僚の方など120名近くが集まりました。
 
赤石国際学科長の司会のもと、まず吉田頼且国際学部長から、藤村教授の略歴と業績について紹介が行われました。
 
藤村先生は慶應義塾大学経済学部を卒業後、1967年に日本経済新聞社に入社、1979年より北京支局に勤務され、87年に北京支局長に就任されました。6年半の北京勤務ののち、日本経済新聞論説委員などを経て、2001年に拓殖大学国際開発学部(当時)教授に就任されました。

着任後は国際学部就職委員長、アジア太平洋学科長などを歴任し、2008年から2010年には国際学部の第3代学部長を務められました。拓殖大学では国際学部で「中国」、「メディア」、「レポートライティング」の授業を、そして大学院国際協力学研究科でも授業と演習を担当。国際学部の中国研究のゼミナールでは13年間に約120名の学生を指導されました。

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藤村幸義教授
この日の演題は「中国はどこへ向かうのか」。冒頭、大学時代の卒業論文の原本を披露。「市場経済と政府の役割」というテーマに取り組んだことを紹介し、「今ふり返ってみると、45年間テーマは変わっていない。成長していないのかな」というジョークで、最終講義はスタートしました。
 

新聞記者時代から出版された中国研究に関する著書は7冊に及びます。それらを中国と世界の経済状況に応じて3期に分類し、各時期における中国の状況に先生自身はどのようなことを考えてきたのか。その思考の足跡を紹介することを中心に講義は進められました。

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大学時代の卒業論文も写真入りで紹介
第1段階(1980~1989年)は「改革開放政策の模索期」。北京支局で現地に滞在していた藤村先生は、市場経済化を全面的に後押しした記事を数多く執筆します。中には日本経済新聞の1面トップを飾った記事もありました。第2段階(1992~2001年)は「改革開放路線の本格的な展開期」。中国には市場経済が入り込んできたものの、『歪み』が気になった時期として印象に残ります。

そして第3段階(2002年~)は、中国が超高度成長を実現し、「市場経済中心の経済体制に移行した時期」と定義。市場経済化の方向に疑問をもつようになった時期として特徴づけられます。

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一面トップを飾ったことも(1980.11.24)
30年以上にわたり中国を見つめ続けてきた藤村教授。「市場経済化の方向にはさまざまな選択肢がある。『国造り』の方向を間違えてはいけない。土台がおかしいと、外交、軍事の方向も間違えてしまう。中国にはもっと違った市場経済化の方法があるのではないか」という問題提起を行い、講義を締めくくりました。
 今後もご自身のホームページ 「中国デスク日記」では、新聞、テレビが伝えないニュースを拾いながら、「ジャカデミズム」(ジャーナリズムとアカデミズムを組み合わせた造語)の精神で、中国を鋭く分析されていくとのこと。「くたばるまで継続する!」と頼もしい一言も飛び出しました。

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卒業生代表から花束の贈呈
 講義後に質疑が行われました。中国の動向についての質問以外にも、4月から社会人となる4年生からは「社会人としての『仕事の志』についてアドバイスを」という問いかけも。これには「入社後5年や10年は、自分の思い通りの仕事はさせてもらえないもの。だからといって与えられた仕事の手を抜いてしまうと、次の仕事はない。」と、シビアな回答で応じられました。

質疑応答の後、卒業生代表とゼミ生代表、そして国際学部教職員から花束の贈呈を受け、最終講義を終えました。
 
藤村先生、13年間どうもおつかれさまでした。そして、ありがとうございました。

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ゼミ生代表と学部教員を代表して水野教授が花束を

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