HOME学部の教育教員紹介 武田 晋一 准教授

センサーを使った道路交通状況の把握を研究

武田-晋一

武田 晋一 准教授

日本大学大学院理工学研究科博士前期課程修了。1991年(株)竹中土木に入社。1993年東京工業大学工学部助手を経て、1998年拓殖大学へ。

インタビュー

  • Q
    先生はどのような大学生活を送っていましたか?
  • A
    付属高校から日本大学理工学部、交通土木工学科(現社会交通工学科)に進学しました。理由は単純、飛行機、自動車、鉄道etc乗り物好きだったからです。大学2年生で「交通計画第一研究室」に出入りするようになり、そのまま同専攻の大学院へ進学しました。同時に音楽にも夢中でした。大学内のサークルではなく社会人の音楽仲間と交流するようになって一層見識が広まりました。学生時代に様々な職業の人と接することは得がたい経験でした。
  • Q
    大学卒業後、まずゼネコンに就職されたようですが?
  • A
    竹中土木という建設会社に入りました。内々定?は工務店だったのですが、AIT(アジア工科大学、バンコク)にて、(竹中土木より派遣中の)本城先生に「君は土木だろう!」とお叱り?を受け変更しました。1年目はトラックプール造成現場とパトリオットサイト造成現場の2ヶ所に勤務し、不屈の現場魂を養いました。2年目は本社・技術開発本部に入り、ダムのリフトスケジューリングシステムの開発を中心に、様々な現場での新工法試験などを経験しました。
  • Q
    どうして大学に戻られたのですか?
  • A
    私の師匠(日本大学理工学部福田先生)と東工大樋口先生がAITでご一緒していたのが御縁のはじまりです。樋口先生はオーストラリアの国立研究機関にいた方で、非常にフィールドサーベイを大事にする計量経済学が専門の先生でした。その厳しくも温厚な人柄に「魅力を感じ、東京工業大学社会工学科(情報理工学研究科)の助手になりました。全く異質な分野ですから最初は戸惑いました(ゼミ生も戸惑ったようです)。しかしデータ分析の重要性は、大学で専攻した交通計画、竹中での仕事である現場管理やダムの施工計画、そして経済分析でも変わるところはありませんでした。この時のゼミ生とは今でも親交があり、後述する「一門会」を形成する素地になりました。
  • Q
    現在のご専門・研究内容についてわかりやすく説明してください。
  • A
    大きく2つあります。1つはセンサーを使った道路交通状況の把握です。よく交差点で車の数を数えている人がいますよね。あれはものすごく大変ですし、お金もかかるし、毎日は出来ません。そこで簡便な汎用センサー+PCのレベルでどこまで出来るかを研究しています。昨年は路上駐車車両を計測するシステムを広島市で実験しました。今は次の基礎実験をしています。日本大学やエンジニアリング会社との共同研究で、もちろんアジア各都市への展開も視野に入れています。もう1つは国際産業連関表分析です。国際間の産業同士の結びつきを解明するというものです。特にアジアの分業化の進展をテーマにしています。既存のスカイラインマップという手法を時系列に拡張した「スカイライングラフ」という手法を提案しています。
  • Q
    ところで「一門会」とは噺家の集団ですか??
  • A
    これは東工大のゼミOBと拓大のゼミOB・OGを中心とした会です。幹事は5人ですが、時折20人以上集まっておいしいものを食べたり飲んだりしています。ゼミナールの付き合いは大学で終わるものではなく、その後のほうが重要なのかもしれません。社会に出た元ゼミ生の話を聞いていると、私も非常に勉強になります。現役のゼミ生も参加しますが、彼・彼女達には私が言うより数段説得力があるようです(笑)。東工大のOBたちとはお互いの子供同士を含めて家族ぐるみの付き合いですし、これからも大切にしたいと思っています。
  • Q
    最後に学生へのメッセージをお願いいたします。
  • A
    私は過去「いい時期にいい人に声をかけてもらったこと」に感謝しています。ゼミの先輩に竹中の話を頂いて、師匠に東工大の話を頂いて、研究つながりで拓大の話を頂いてというわけです。「就活してないじゃん!」という突っ込みを受けそうですが、その時その時に一生懸命「ベスト」を尽くしていると、いつのまにかレールがしかれることもあるのです。学生時代は(主で)勉強も(副で)趣味も何でも、主体性を持って一生懸命やるといいと思います。簡単にあきらめたり、投げ出してはいけません。一所懸命やると必ず何か残ります。一生懸命やっていると必ず道は開けます。そして「あいつに任せよう」「あいつに任せれば安心だ」と「仕事を依頼される人」を目指してください。

TOOLS