HOME学部の教育教員紹介 王 曙光 教授

日中経済関係、特に中国の発展が
われわれの生活に及ぼす影響について

王-曙光

王 曙光 教授

中国の大学を卒業後、1982年中国山東師範大学講師。その後、東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程を修了し、1994年から静岡産業大学経営学部助教授。2001年から国際学部へ。

インタビュー

  • Q
    先生は大学時代にどのような学生生活を送られていましたか。
  • A
    中国の「文革」を知っていますか。実はわたしも「文革世帯」の一人です。その時一番辛かったのは、高校卒業の頃、大学入試が完全に中止されたことでした。やむを得ず故郷山東省の国有工場で働くようになりました。しかし一方では、その時代で一番「得」をしたのも、実は工場勤務の間に企業経営の実務経験を積んだことでした。高校を出てから大学進学が実現できるまでの八年間(1970~78年)は、わたしの人生経験を豊かにしてくれた貴重な時期でした。 中国の大学では、日本語を専攻しました。文革後初の大学入試(独学で覚えた日本語で外国語試験科目をクリアした)を経て大学への夢を果たしたため、身を削るほど懸命に勉強していました。またその時、前に勤めていた国有企業の役職を兼務し、大学生でありながら企業から給料を支給され、同級生たちから「貴族学生」とも揶揄されていました。まあ、しょっちゅうご馳走させられていましたね(笑)。
  • Q
    そのような学生生活を送っていて、なぜ研究者として大学院進学を志すようになったのですか。
  • A
    大学卒業後、中国で大学の教員になっていましたが、地方の無名大学卒で無名大学の教員で一生涯を終えるのをあきらめきれず、日本の高水準大学院でのレベルアップを決意しました。来日後、いわゆる「ゼロからのスタート」でずいぶん苦労しましたが、ようやく自分の目指す方向に向けて進めるようになりました。
  • Q
    学生時代のエピソードや人生の転機となるような出来事はありましたか。
  • A
    「報われる」、大学生時代に覚えたこの日本語は、わたしの信念となり、これまでの実感でもありました。苦境をバネにして頑張ればいつか報われる、とそのときから思うようになりました。国の政治事情で大学への夢が断たれた時でもあきらめず、独学で力を付けてきた結果、消えかかった夢を現実に変えることができたのが、わたしの人生における最大の転機でした。
  • Q
    拓殖大学国際(開発)学部に赴任することになった理由、状況についてお話いただけますか?
  • A
    地方の大学に勤務していた頃、拓殖大学に国際開発学部が設立される話を聞き、強い関心を持ちました。かつてわたしの著書を出版審査なさったご縁もあり、光栄にも学部創設者である渡邉利夫学長からの就任要請を受け、国際開発学部の教授になりました。
  • Q
    現在、関心を持たれている研究内容、テーマを教えてください。
  • A
    中国産業を研究し、定期的に日中両国の企業や市場を回って調査しているため、日中経済交流の緊密化によって両国の消費者にもたらされるメリットが多いと感じています。なぜ、安い中国製品が世界中に出回っているのか、なぜ、日本企業の技術が中国で大いに歓迎されているのか。ゼミでも学生諸君にさまざまな実例を紹介し、ともに今後の日中経済関係、さらに、その発展がわれわれの生活に及ぼす影響などについて語り合っています。
  • Q
    国際学部で力を入れられていることは何ですか。
  • A
    国際学部の外国人留学生教育を担当しています。わたしのゼミでも、日本人学生と留学生が協力して海外合宿などの国際交流イベントを毎年実施しています。さらに、中国語履修者を中心に中国への短期研修も毎年企画し、引率しています。昨年度春季研修では、上海で学生諸君とともに三週間を過ごしてきました。
  • Q
    これから国際学部に入学を希望している学生に何か一言、お願いします。
  • A
    いろいろな国から来日した外国人留学生と肩を並べて勉強できるのが国際学部です。さらに、11カ国語の地域言語科目が開設されており、毎年6カ国への短期研修も実施されています。国際学部は、さまざまなルートで広い国際世界につながっているような感じです。あなたも、国際学部の在学生諸君とともに異文化交流の醍醐味を体験してみませんか。

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