HOME学部の教育教員紹介 野村 進 教授

フリーランスのノンフィクションライターとしても活躍

野村-進

野村 進 教授

上智大学外国語学部英語学科中退。1997年日本ペンクラブ常任委員。都立大学、上智大学の非常勤講師を経て、2005年から国際学部へ。2004年から朝日新聞書評委員も。

インタビュー

  • Q
    先生は大学時代にどのような学生生活を送られていましたか。
  • A
    大学1年のときから、同級生たちと通称「アジア研究会」を開いていました。アジアに関する本を各自が選んで、毎回一人が発表し、それについての質疑応答をする会です。1970年代後半の当時は、アジアに対する関心が現在とは比べものにならないくらい低く、学生たちの目はもっぱら欧米に向けられていました。私たちは英語学科にいたのですが、そんな風潮に反発する"ひねくれ者"が集まっていたような気がします。 そして、1978年からほぼ2年間、フィリピンに留学しました。1年間はアテネオ・デ・マニラ大学で学び、あとの1年間は取材をしたり、フィリピン各地を旅行したりしていました。
    私は高校時代から、ベースボールマガジン社の『ボクシングマガジン』という月刊誌の編集部でアルバイトをしており、フィリピンに留学してからも、日本人選手が出場したボクシングの試合をレポートしたり、日本のリングで戦った世界チャンピオンたちのその後について長めの記事を書いたりしていました。
    その後、いくつかの偶然が重なった結果、フィリピンで反政府武装闘争を続けるフィリピン共産党の軍事組織・新人民軍(NPA)の取材をする機会を得て、ルソン島北部の山岳地帯で約5ヶ月間、従軍取材をしました。帰国後、大学のゼミの先生に紹介してもらった出版社からデビュー作の『フィリピン新人民軍従軍記』(講談社+α文庫)を発表し、そのままフリーランスのノンフィクションライターになったわけです。
    考えてみると、相当ヘンな学生でしたね(笑)。
  • Q
    ノンフィクションライターとは、どういう仕事なのですか。
  • A
    自分が興味を持ったテーマを取材して、新聞や雑誌に発表したり、単行本にまとめたりする仕事です。最近書いたテーマは、100年以上続いている日本の長寿企業についてです。世界で一番古い会社は、実はここ日本にあるんですよ。創業はいつだと思いますか?なんと飛鳥時代です。1400年以上も続いているわけです。ほかにも、みなさんが毎日つかっている携帯電話のあちこちに、100年以上続いている日本の老舗の技術が詰め込まれています。こういうことを調べて書くのが、ノンフィクションライターの仕事です。おもしろそうでしょう?
  • Q
    ジャーナリストとは違うのですか。
  • A
    同じです。ジャーナリストには、新聞記者、編集者、テレビの報道記者やキャスターなどさまざまなジャンルがありますが、ノンフィクションライターもその中のひとつです。新聞記者や出版社の編集者からノンフィクションライターになった人も、けっこういます。立花隆さん、柳田邦男さん、沢木耕太郎さんといった方々が、私の先輩にあたります。
  • Q
    そんな経歴を持つ先生が、どうして拓殖大学国際学部で教えることになったのですか。
  • A
    私は以前、渡辺利夫学長(当時は拓殖大学国際開発学部長)とご一緒に、読売新聞の読書委員という、本の書評を書く委員をしていました。私の専門もアジア太平洋地域なので、渡辺先生が主催されている「アジア塾」に講師として呼ばれたりもしていました。そうしたご縁で、2004年にこの学部にお招きいただいたわけです。自分がまさか大学の先生になるとは思ってもみなかったのですが、実際に学生のみなさんと接するようになって、この学部に来て本当によかったと思っています。
  • Q
    現在、関心を持っておられるテーマは何ですか。
  • A
    私は、在日韓国・朝鮮人をはじめとする在日外国人に、ずっと関心を抱いてきました。日本には現在200万人以上の外国人が暮らしています。在日韓国・朝鮮人や在日中国人は、外見では日本人と見分けがつきにくいので気づかなかったかもしれませんが、あなたの学校にもきっといたにちがいないし、いまも毎日のように在日外国人と出会っているはずです。そういう人たちとわれわれ日本人とが、どのようにしてつきあい、いかに良い関係をきづいていくか。これが、現在も取り組んでいるテーマです。
  • Q
    いまもノンフィクションライターとしてのお仕事を続けておられるそうですが、大学教授のお仕事とどのように両立されているのですか。
  • A
    大学に閉じこもっているだけでは、世の中のことはわからない、とよく言われます。一方、私が尊敬するベテラン・ジャーナリストに言わせると、「ジャーナリストも案外、世間知らず」だそうです。たぶん、つきあう人が取材相手やメディア関係者に限られてしまう傾向があるからでしょう。もしそうだとするなら、私は両方に風穴をあけて、自分がいる場所ばかりではなく自分自身をも、風通しをもっとよくしたいと考えています。ふたつの仕事を両立させるのは、率直に言って大変で、からだが2つあればいいのにと思うこともありますが、非常に面白みがあり、充実した毎日を送っています。
  • Q
    国際学部に入学を希望している学生、とりわけ先生の授業を受講する学生に伝えたいことは何でしょうか。
  • A
    先生と直接話したり、授業を前列のほうで受けたりするのは、なんだか照れくさいものです。私もそうでしたから、よくわかります。でも、私の授業は最前列で受け、どんどん話しかけてください。私は、これからの長い人生をどのように生きるか、そのことをじっくりと考えて答えを出そうとするのが、大学生活の最大の目的だと考えています。そのために少しでも役に立ちそうなことなら、何でも伝えようとしているつもりです。だから、アグレッシブに授業に参加してください。大学の講義というのは、先生と学生がくんずほぐれつしながらつくりだしていくものだからです。

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