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観光の理論的な部分と歴史的な部分に関心

内藤-嘉昭

内藤 嘉昭 教授

1982年慶應義塾大学卒業。外務省勤務を経て1997年奈良県立商科大学専任講師、2001年駿河台大学助教授、2008年より拓殖大学国際学部へ。

インタビュー

  • Q
    先生は大学時代にどのような学生生活を送られていましたか?
  • A
    恥ずかしい話、あまり学校に行ってなかったです。今からみると相当自堕落でよく卒業できたと思います。ただ一点自己弁護しておくと、ゼミだけはしっかりやった記憶があります。それと読書が好きなので濫読で本をよく読みました。石川忠雄先生という中国研究のゼミで、意外にも当初は中国近代史を勉強していたのです。ゼミはかなり厳しく合宿は毎年箱根で3泊くらい。睡眠時間連日2-3時間で、それこそ息つく暇もないくらい勉強させられました。学問的な基礎はそこで習得したと思っています。部活は山登りをやっていました。酒もよく飲みましたし、今も交流があるいい友人ができました。バイトは先輩からの紹介で家庭教師をやりました。結構いい仕事だと思いましたね。なお、3年終了時にイギリスに1年ほど留学(遊学)しました。パブへ毎晩ビールを飲みにいき、失敗談には事欠きません。しかしながら、学生時代は楽しかったです。相当はめをはずしても許されてしまうおおらかさが当時はあったように思います。
  • Q
    卒業後はどのような経路をたどりましたか。
  • A
    私の場合、決してほめられたプロフィールではなく、むしろこうなってはいけないという、「反面教師」という意味で考えていただけたらと思います。と申しますのも、経歴自体「転石苔を生ぜず」で、民間企業、地方公務員、国家公務員、さらに大学教員としても公立大学と私立大学を本校就任以前に経験しているように、ピンボールのようにあちこち動きながら今ここにいる次第です。在職期間は長短あり一概にはいえませんが、おおざっぱに割って平均するとそれぞれ約4年くらいでしょうか。しかし、私に最も強い影響を与えたのは、外務省に在職(1988-91)していたときのことです。トロント(カナダ)に駐在しており、そこで今専攻している観光学と出会いました。カナダは観光が盛んな国ですから、そういう土壌ゆえに観光研究も盛んです。
  • Q
    観光の道に入ったのはいつからですか。
  • A
    この道に入るようになったのは、前述のとおりカナダでの経験でした。向こうでは文部省や国際交流基金の出先のような仕事をしており、学者とも接する機会が多かったので、そこで観光学という耳慣れない学問領域を知りました。旅行好きの私にぴったりではないかと直感しました。帰国後新聞広告で観光学を学べる大学院があると知り、社会人で大学院に入り直しました。結婚していたし、後がないので、ここからの勉強ぶりは凄まじく(自分で言うのもおこがましいですが)、休みは一切なくひたすら勉強しました。人間、多分背水の陣を敷くと自分でも信じられないことができるのかもしれません。方法論は学部時代のゼミで鍛えていたので、大学院では特に目新しさは覚えませんでした。今振り返ると、学部時代の恩師石川先生にやはり感謝しています。今の自分があるのは、間違いなく、自堕落な学生時代を送りつつも、ゼミだけはしっかりやった結果と思います。
  • Q
    拓殖大学へはどのようにして・・・。
  • A
    昨年の夏にネットで公募を見つけて応募しました。伝手も何もなかったので、多分だめだろうと思っていました。ですから、任用決定と知ったときは驚きました。これを縁というのかもしれません。
  • Q
    現在、関心を持たれている研究内容、テーマは何ですか。
  • A
     観光の理論的な部分と歴史的な部分に興味があります。理論は抽象的な事柄で、ふつうの学生は敬遠するかもしれません。しかし、歴史的なものに関しては、過去の旅と現代とを対比してみると色々似ているところがあって面白く、「人間やっていることはあんまり変わらないな」とほっとしたりもします。講義の中でも具体例を引きつつ、そんな面白みを出してみたいと考えています。
  • Q
    大学生活はどのように過ごせばよいですか。
  • A
    大学は基本的に勉強するところですから、むろん勉強が主になりましょう(前述のような学生時代を送った私がいうのもおこがましい限りですが)。しかし、経験的に今振り返ってみると、それ以外の遊びや交友面のほうにむしろ多く学ぶところがあったように思えます。大学はほぼ同じ目的を持った同世代の仲間が多く集まるところで、一生のうちこれほど潤沢、贅沢な時間が許容されている時代はありません。勉強に限らず、そこで何らかの付加価値をつけておくと、即効性はなくとも後でそれがじわじわ自分の役に立ってくるような気がします。逆に小手先のすぐに役立つハウツーは、一見すぐに役立つようにみえますが、逆にすぐに役立たなくなる、というのが私の持論です。大学というところは野放図なくらい自由な空間と時間が、特権的に、しかも二十歳前後という最も多感な時期に与えられているのですから、その中で他でもない「自分」を色々に試しつつ形成する場だと思います。色々なスタイルがあっていいでしょうし、それは顔かたちが違うように人それぞれでしょう。まあ、しかし、青春時代の真ん中は道に迷っているばかりで、なかなかよくわからないでしょうけど。
  • Q
    これまでの豊富な経験から何か一言を。
  • A
    「反面教師」ですからほとんど皆さんの参考にならないわけですが、一点経験的に最後に言わしていただきましょう。私は不真面目な学生であまり勉強しませんでしたから、社会に出てから結構苦労しました。その分、組織の中で色々なことを一つ一つ、失敗を重ねながら経験的に学習していきましたし、今でもそうです。私にとっては社会こそ最良の大学であり、丹羽宇一郎(伊藤忠会長)の著書のとおり『人は仕事で磨かれる』というのが私の信念です。大学は仕事で自分を磨くまでの助走期間と割り切り、色々と試してみるのもいいかもしれません。結局、大学とはこうだという固定的なものではなく、自分なりにつくっていくものではないでしょうか。ちょうどパソコンのように、自分の使い勝手のいいように自分にあったかたちで自然につくられていく、そんな感じかもしれませんね。

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