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中国と、アジアと、世界とつながる

岡田-実

岡田 実 教授

東北大学法学部卒業後、民間企業勤務を経て、1988年にJICAに。JICAでは北京大学留学、中国事務所員、中国援助調整専門家、中国事務所副所長として約10年間対中ODAに従事した他、本部、外務省、研究所等で勤務。2012-13年度法政大学法学部兼任講師を経て2014年より拓殖大学へ。

インタビュー

  • Q
    先生は大学時代にどのような学生生活を送られていましたか?
  • A
    漠然と何か楽器をマスターしたいと考えていたところに、ひょんなことからマンドリンという楽器と出会い、1年から3年まで音符と格闘する毎日でした。3年秋の定期演奏会が終わって部活を引退してから、深夜までアルバイトをしてお金をため、バックパッカーとしてアメリカとメキシコを回ったのが最初の海外体験です。アメリカからメキシコ国境のリオグランデ河を渡るとそこは全くの別世界で、先進国と開発途上国の格差に愕然としました。

    「ボランティア」との出会いも大学時代です。1981年の国際障がい者年をきっかけに永六輔さん、さとう宗幸さんらが発起人となった、障がい者と共にコンサートを作っていく市民団体に、これもひょんなきっかけから参加して、事務局の仕事を手伝っていました。そこには、福祉施設の園長先生、地元テレビ局のアナウンサー、大学の手話サークル、大工さん、会社員、主婦、障がいを持つ方、持たない方・・さまざまな方々が参加されており、ものすごい社会勉強になりました。
  • Q
    そのような学生生活を送っていて、なぜ国際協力や中国研究を志すようになったのですか?
  • A
    そうした学生生活だったので学問とは縁遠かったのですが、大学最後の年に中国政治のゼミに入り、尊敬する恩師と、その後一生のおつきあいになる「中国」に出会いました。当時若手の助教授だった恩師が海外留学から帰国したばかりということもあってか、ゼミ生はたった3人の「寺子屋」状態(笑)。毎週の膨大な宿題と夜遅くまで続く議論を今でも憶えていますが、今から思えばとても楽しい濃密な時間でした。

    大学卒業の際は、法学部の学生は就職するのが当たり前でしたので、普通のシューカツをして民間企業に入りました。当時、開発途上国の現場でプラント建設に携わることをイメージしていました。ゼミで学んでいた中国が改革開放政策に転じ、上海宝山製鉄所など大規模なプラント建設が始まっていた時代です。実際、総合重工メーカーに就職して、夢の実現に向けて歩み出しました。

    ただ、中に入ってみると、自分の夢と現実にギャップが出てくる。いろいろ思い悩むうちに、新聞広告でJICA職員の求人を見つけました。自分は「奥手」で、恥ずかしながら大学時代はJICAの名前すらよく知らなかったのですが、民間企業で、社員をJICA専門家として送り出す仕事をしてから関心を持っていました。JICAに転職後、運よく海外研修で1年間の北京大学留学、その後の駐在員などで都合10年間の中国滞在経験を持つことができました。その過程で、日本国内のODA批判、特に対中ODA批判が声高に叫ばれ、中国のことやODAのことを根本から考えたいという気持ちになり、2度目の海外勤務から帰国後、社会人向けの夜間大学院の門を敲いたのが中国研究のスタートでした。
  • Q
    就職先や大学院在籍時になにか特筆すべきエピソードや人生の転機となるような出来事があればお答えください。
  • A
    最初の海外勤務から帰国してから配属された部署の課長が課内会議のときに、「一つの部署で経験し考えたことを、一本の論文にまとめなさい」とアドバイスされていたのが頭の隅に残っていました。その数ヵ月後にその通りに一本の論文をまとめて提出しましたら、その課長はすぐJICAの専門誌を編集している部署と話を進めてくれ、掲載されたのです。自分の書いたものが活字なるという、初めての経験でした。

    大学院でも尊敬する恩師との運命的な出会いがありました。そのうちのお一人は援助機関出身で、「並みのサラリーマンも年に1本論文を書けば大学教授になれる!(かも)」と講義でおっしゃっていたのが印象的でした。結果的に、年に論文1本は無理でしたが、JICA在職中にがんばって単著を3冊出しましたら大学教授になれました(笑)。そして最もお世話になった指導教授の恩師もJETROから中国研究者に転身された方でした。「生き方モデル」が目の前にお二人もいらっしゃったのは運命としか言えません。
  • Q
    拓殖大学国際学部に赴任することになった経緯、理由、状況などについてお話いただけますか?
  • A
    3度目の海外勤務から帰国後、大学院の恩師から話をいただき、JICAの仕事の傍ら法政大学法学部で兼任講師をしていたのですが、インターネットで拓殖大学の教員公募を知り、チャレンジしました。自分にとっては、民間企業、JICAに続く3度目のシューカツでした。
    拓殖大学の建学の精神である「あらゆる民族から敬慕されるに値する教養と品格を具えた有為な人材の育成」と、校歌にも謳われる「人種の色と地の境 我が立つ前に差別なし」は、JICAのマインドと同じです。また、渡辺総長は、以前JICAの「中国国別援助研究会」の座長を務められていて、当時の自分にとっては雲の上の存在でした。そうしたご縁もあり、採用が内定したときは本当にうれしかったです。
  • Q
    現在、関心を持たれている研究内容、テーマをお答えください。
  • A
    もともと、日中関係と対中ODAをテーマに研究を始め、中国の対外援助をめぐる政治外交史の研究もしてきました。引き続き、日本の対外援助史、とりわけ対中援助史を掘り起こし、きちんとまとめることを続けていきたいと思います。それに加えて、日本と台湾との歴史的関係、その中でのODAの役割についても関心を持っています。東アジアの国際協力史として幅を広げていければと考えています。
    他方、現実の日中関係、日台関係を今後どう発展させていくかにも関心があります。グローバル化が進む中、中央政府に加え、企業、NGO、地方政府などアクターが多様化しています。また次世代を担う青年の果たす役割も重要です。大学の立場から少しでも貢献できればと考えています。
  • Q
    上記の現在のご関心・ご担当に加えて、過去のものもふくめ専門、研究内容、担当教科について特記するものがあればお答えください。
  • A
    2015年度から、国際学部に社会貢献・ボランティア推進委員会が正式に立ち上がり、委員長に任命されました。私の経験からも、大学時代にボランティア活動などを通じて社会に積極的に飛び込んでいくことにより、多くのことを学び、己を磨くことができます。岡田ゼミにおいても、積極的に教室の外に打って出ること、マイ・プロジェクトを持つことを奨励しています。
  • Q
    これから国際学部に入学を希望している学生、とりわけ先生の授業を受講する学生に伝えたいこと、訴えたいことは何でしょうか?
  • A
    日中関係が安定することは、日本にとっても中国にとっても利益です。いまや中国抜きの日本の発展はありえないと言っても過言ではありません。
    他方、ともするとある種の「歪み」を伴ったおびただしい中国報道に翻弄されがちな学生が少なくありません。私の授業は「さまざまな意見や解釈を学ぶことにより、中国報道を冷静に理解し、過度に単純なステレオタイプの考えに陥らない複眼的な思考力を高める」こと、ゼミは「日中、日本とアジアの架け橋となる人材を育てるための実践的な活動を行う」ことを目標に掲げています。

    中国と、アジアと、世界とつながることで人生が豊かになります。興味ある学生は、いつでも研究室を訪ねてください。歓迎します。

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